鬱とわたし~その17~
私のストレスに近所の人達というのもありました。
片方は母子家庭のお子ちゃまが勝手に家に入って冷蔵庫をあさったり、
片方の家庭は宗教に熱心で度々インターフォンを鳴らしてきます。
一度、義実家のことで相談をしたことがあり、それにより鬱っぽいという
話をしたことがあります。それがいけなかった・・!
新聞に赤線を引いていい言葉の所を教えてはくれるのですが、
その時には過眠とインターフォンの音が異常に怖かったこともあり
かなりストレスになりました。
そして、お隣さんのお兄さんも鬱だったが、この宗教に入ったら鬱が治ったそうだ。
その宗教は集会も多いみたいでいろいろな人と話すこともできるだろう。
だけどうちの場合、親との関係や義実家、おっさんのことなど人に話してどうなることでもない。
自分で行動し、解決しないと意味がない。
なので、回らない頭で話を聞いていたけど「これで鬱が治ったら病院いらないな」と思いつつ
話を流していました。
しかし、度重なる勧誘にまたかなりのストレスがかかってしまい訪問を拒否しました。
私はこんなのでは良くならない。
私が逃げてばかりだと良くなるわけもない。
だけど、わたしは逃げていました。
おっさんに義実家に話を付けてほしいと他力本願でした。
結局、解決する前に離婚しましたが。
親のことは、後々行動して解決(?)します。
納得いくことができたので良しとします。
結局は自分で決めるしかないのです。
これで20年近く鬱になっていたと思うと自分で自分の首を閉めていたのです。
今でもできれば逃げたい。楽したい。
また昔に戻って行動できるかと言えばわかりません。
私が鬱から解放されるには離婚しかなかったと今では思います。
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イラストメモ
使用ソフト
イラスト:Photoshop
あまり思い出したくない記憶でもあります。
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